プロフィール

Author:Yagi Tatsuuuya
現在:中東諸国
年齢:25
趣味:球蹴り・球就き・はたまた旅
現状:分岐点に立つ

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おぼろ月夜。

「掃除機の中に吸い込めないものが暮らしにはあり」とは、
馬場俊英さんの歌の一節であるが、
妙に心に感じる午前1時。

いつもなら寝ているような時間でも、
日によっては目が冴えているときがある。

それは自分の中の何かが活発に動いているからだろうか。
それともただ単にあまり疲れていないだけだろうか。

ちなみに今は目が冴えている。
昼寝したからね。

近頃は1日1日が猛スピードで駆け抜けていっている
気がする。

いや、むしろ自分が1日1日を駆け抜けているのでしょうか。
うん、そう思うことにしよう。

駆け抜けたほうがやり過ごすよりも、
はるかに自分の中に溜めていける。

それはあせりとはまた違う。
急いでいるともちと違う。

欲求というか、本能というか。
その方が楽しいと思えるというか。

もちろん駆け抜けてばかりいてはあかん。
大事なものを見落とすかもしれない。

たまには立ち止まって見回してみることも必要かも。


近頃は卒業論文のためもあり、
色んな人の話を聞き、色んな人の考えに触れられている。

これは非常に楽しい。
なにがって、そりゃあ自分にとっての新世界が開けるからかな。

ルフィにとってのグランドライン。
孫悟空にとっての天下一武道会。
湘北にとっての山王戦。

未知との遭遇ってことかな。

これだけ色々なことを考える人がいて、
しかもそれは日本だけでなく世界中に住んでいる人が、
それぞれの考えや世界を持っている。

まさにこの世はでっかい宝島。

どんどん吸収MAXでいこう。


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作者の日記を読ませてもらった。
日々感じたことがそのまま読めるわけだから、
かなり臨場感がある。

他人の日記を見るなんて普段では考えられない。
むしろそれはタブーとされている。

でも読み進めていくうちに、
その人になりきるというか、
その人になっているとも違うが、
その人の生活に入り込んでいる感覚になる。

自分の想像ではあるが、
こんな風景でこんな気持ちになる。
こんな場面ではこんな思いを抱く。

ひとつの日記ではあるが、
想像しだいでいくつもの日記になっていく。

これは読者であるが故の楽しみなのかもね。

ならそれを最大限活用して、
ひとつの本や物語を
無限に広げていくことにしよう。

「空想膨らます冒険家 寝る前はいつも俺の遊び場」
とは HOME MADE 家族の歌の一節であるが、
空想の世界を冒険しながら遊ぶって、
ロマンのある響きがする。

遊びながらの冒険とはちょっと違う。

そこからもっと中身を熟成させていこう。
冒険しながら遊ぶとはそんなことなのかも。


そういえば過去に「違う世界に思いを馳せる時間はもったいない、
その時間にもっと目の前や足元を見て集中していく」と
書いたような気もするが、
それを失っては人としての醍醐味のひとつがなくなる気がするので、
目の前にを徹底する必要はないと思う。

たしかにスーパー大事なことだと思うが、
この醍醐味は失いたくはない。

要はバランスってことかな。



牛乳を1本スーパーへ買いに行ったとき、
本当はレジ袋を欲しかったのに牛乳が入りそうなカバンを持っていたので
思わず「袋いらないです」と言ってしまいました。
素直になれなくて。
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季節の変わり目に・・・。

お昼は走り回ると汗だくになりますが、
朝晩はめっきり秋ですね。

そんな秋の夜長に、
友達と散歩に行ってみる。

夏前にも行ったけど、
今は最高に快適な近所ウォーキングが楽しめる。

秋は良い。
読書の秋・食欲の秋・スポーツの秋などなど。

寂しい季節と言われがちだが、
案外そうでもなさそうだ。

「実りの秋」って言葉もあるぐらいだから、
「産まれる」とはまた違うかもしれないけれど、
「花開く」ような感覚がある。

最近は秋を感じる行事を敢行しています。
なにかって?
もちろんアレでしょう。

秋刀魚、さんま、ザ・SANMA。

旬のものってなんであんなに美味しいのでしょう。
更にそれを七輪で焼いて食らうとなると、
そりゃあもう、
どえりゃあうみゃあっちゃ(どこの言葉やねん!)。

脂がジュウジュウいっている時、
僕のよだれも炭でジュウジュウいいそうだった。

野菜も一緒に焼いて、
キノコのホイル焼なんてたまりません。

みなさんも一度お試しあれ。


近頃よく思うことが・・・
『インドに帰りたい!』
って欲望。

帰ってきてからの数日は、
日本食美味しいし、
電車は時間通りに来るし、
バスにも時刻表がついてるし、
なんて便利なんでしょう!
と思っていたのだが、
そのうち帰印欲が噴出してきた。

何がそう思わせるのか。
自分の中で仮説を立ててみた。


①旅だったため。

時間も用事も何も気にすることがない旅なら、
何も考えずにぶらぶらできる。
好きな時に起き、好きな物を食べ、好きな時間に寝る。
何にも気にかけることがなかったから、
そんな浮いた感じに戻りたいのか。

②濃い世界のため。

インドはなんといっても「濃い国」である。
人も濃いし、街も濃い。
建物も濃いし、すべてが濃い。
つまり「生きている」感じが漂っている。
日本にそれがないわけではないが、
ふと気が付くと見逃しがちになってしまうことが、
インドでは目の前に次から次へと現れるので、
そんな空間に行きたいのか。

③新鮮さ。

海外はなんといってもすべてが新鮮である。
お金から車や風景や歩いている人まで。
のんびりそぞろ歩いてみても全く飽きない。
まるで映画の世界にいるようで、
言ってみれば非日常である。
もちろん行ったことのある都市もあるが、
それでも何かが違ってて、
やはり新鮮である。
それはつまり「楽しみ」につながっており、
24時間ネバーランドにいるようだ。


以上の仮説を自分なりに立ててみたが、
それぞれに考察をしていきたいと思います。

①『旅だったため。』について。

たしかに旅では縛られるものはないし、
自由気ままに生活ができる。
もちろん責任は伴うが、
それでも見たいものを見れて、
感動に触れることができる。
また、1人になることが多い旅なら、
自問自答を繰り返す。
色んな考えを反芻させ、
深めていける。

でも、それだけでいいのか?
もっと自分の中での「炎」を燃やさなくていいのか。

それが自分にとっての「炎」なら、
どんどん旅を追及していったらいいと思う。

もし年中旅を続けているのなら、
旅に戻りたいなどと言うのかどうか。

たまに旅に出るからいいのかもしれないという考えもあるが、
自由気ままな生活に逃げたがっている自分もいるのではないか。

それでは旅の意味がない。
色んなものを見て聞いて感じて深めていくのがそうだと、
私は考える。

逃げでは意味がない。


②濃い世界のため。

日本で生活していると、
何もかもが整っていて、
つい流されがちになるときがある。

『自分から、自分の意思で』みたいなものを欠く時がある。

それと対称かどうかはわからないが、
少なくともそれが断然少ないのがインドであろう。
そこに帰りたいというのは、
便利さだけではない人間的なものを求める本能なのかもしれない。

でも、便利さって人間が追求してきて出来上がったものだから、
それも人間的なものなのかも。

そもそも「人間的」って何やねん?って話になってしまう。

それは人それぞれ考えがあるだろうが、
けっこう気持ちの面が大きいと私は思う。

便利なことって素晴らしいし、
生活を充実できる。

でも、それだけになってしまっては怖いのかもしれない。
そこに気持ちや意志を込めてこその、
充実生活につながっていくと思う。

感謝の気持ちや悔しい気持ち・・・
いろんな思いが交錯してこその生活である。
それを欠如しなければ、
ネバーランドはすぐそこにあるのかもしれない。


③新鮮さ。

そりゃあもう、海外ってだけであんた、新鮮さMAXでしょう。
っていう気持ちにもなる。
でもそれって海外でしか味わえないことなのか。

この③については「灯台下暗し」な考えが浮かんでならない。
もっと身近を見つめてみよ。
さすればインド以上のものを発見できるぞよ。
という神のお告げが聞こえてきそう。

突き詰めれば「明日」っていうこと自体新鮮であり、
変わらないことなんてこの世には数少ない。
細胞でさえ夜明けの時間でさえ刻一刻と移りゆく。

要はその大きさや衝撃に目をとられているだけであり、
大切なことを見落としているのである。

それはまた違うような気がする。


と、以上考察をしてみた。
結論は出ていないが、
とにかく上の空になっていても時間がもったいない。
目の前のことや自分が燃えることにもっと注力してこそ、
人生の「旅」が濃いものになるのでしょう。

『旅が日常になってはならない』みたいなことを聞いたことがあるが、
僕の中では旅自体が非日常であり、
日常なんてものはない。

日々が旅であり、非日常だ。

なーんてかっこいいことを言ってみたい秋の夜長。



夏には午前3時4時にしか見えないオリオン座が、
近頃は午前1時頃に見えるようになった。

冬はもうすぐそこまで来ている。

インドー旅行記。

ただいまです。
インドから帰国致しました。

日本に帰ってきてまず驚いたこと。
非常に涼しくなっていること。

一気に秋になったのかな。
とても過ごしやすい。

でも夜にバイクに乗ると少し肌寒く感じるほどに。
そろそろ衣替えの季節。
押入れ整理をしなければ。


2週間とちょっとインドに行ってきましたが、
とにかく濃かった。

やっぱりあの国は濃い、こい、KOI!!


デリーの空港に降り立った初日。
頼んでおいた空港送迎の運ちゃんが見当たらない。

早速トラブル発生。

すぐさまプリペイドタクシーカウンターへ行き、
宿近くまでのタクシーチケットを購入。

これで安心できないのがやっぱりインド。

タクシーの運ちゃんがいらんとこに行かへんかを、
ずっと監視していました。

運ちゃん:「5分寄りたいところがあるんだ。」

自分:「とにかくここに行くんだ。」

運ちゃん:「頼むよ。」

自分:「あかん!」


てな感じの会話を延々と繰り返し、
ようやく宿街へ辿り着く。

着いた瞬間から体力を激しく消耗しました。

そして爆睡。

デリーでは買い物や街散策を楽しみ、
次の街バラナシへ。

1年前とは比べ物にならないほどガンジスの水が増えており、
驚愕しました。

1年前にはあった道が川の底。
ガンジスの偉大さ、力強さを感じた瞬間でした。

ただ単に雨季やからやけどね。

バラナシの路地裏を歩いていると、
やっぱりインドに来たと実感しました。

牛が歩いていて、
牛のフンがその辺に転がっていて、
やたらとインド人が話しかけてきて、
ガンジスで体を洗ったり沐浴をする人を見て、
いやー生きてましたね。

人と牛とがすれ違うのがやっとの狭さの路地に、
更にバイクが容赦なく突っ込んでくるところが、
インドを感じさせる瞬間でもある。

別の道を通っておくれ。


バラナシの次はジャイプルという街へ。
ここの市街地の建物の色がピンクになっていて、
別名「ピンクシティ」とも呼ばれているらしい。

マハラジャが住んでいたという宮殿に行ったり、
山の上の要塞からピンクシティを見下ろしたり、
名所めぐりを楽しみました。

湖に浮かんでいる宮殿もあり、
そこはマハラジャの別荘なんだとか。

いやー力持ってたんだなー。

今もマハラジャが存在するのも事実。

本当に差が激しい。


ジャイプルを楽しんでいた矢先、
ついにかかってしまいました。

謎の病気Xが僕の身に降りかかり、
発熱。

それからインド旅行終盤まで回復できず・・・。

束の間の復活はあったのですが完治には至らず、
結局後半部分はほとんど寝て過ごしました。

迷惑をかけました。

ジョードプル、アーグラーと過ぎ、
タージマハルをしかと焼付け、
ムンバイへ。

ムンバイの都会っぷりには再び驚愕。
インドの新たな一面を見ることができて
インドへの見方がまた変わりました。

全てを含めてやっぱり『インド』なのでしょう。

そしてデリーへ戻るが、
その飛行機が遅れ、帰国便に間に合わず、
やむなくデリー空港近くのホテルにて1泊。

帰りに香港で1日過ごす予定だったのがキャンセルに。

非常に残念でした。

せめて飛行機は遅れないでほしかったよインド。
電車が遅れるのはもう風物詩。

最高で約5時間ほど電車も遅れたっけ。
まっ、そんなこともあるでしょう。


そんなこんなでインドの旅も無事終わり、
再び日本での学生生活を再開。

やっぱり日本はスゴイ!
改めて感じております。

道がきれいやし、
バスに時刻表があるし、
そしてその時刻通りに来るし、
走っている車もきれいやし、
クラクションもほとんど聞こえてこないし、
ゴミは全然落ちてないし。

挙げればキリがないほど、
日本ってすごいと思える。

当たり前を当たり前に改めて見なくなり、
すべてに意識的な視点を見出せる。

違う文化を見るってそう気付かせてくれるかも。

逆に日本って非効率というか、
そこまでせんでもとか、
そんなところも見えてくる。

完璧なものなんてないもんね。
やからこそ向上していけるのか。


名古屋からの帰りのバスで寝ていると、
よだれが滝のように流れていました。

すいててよかった。
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