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Yagi Tatsuuuya

Author:Yagi Tatsuuuya
現在:中東諸国
年齢:25
趣味:球蹴り・球就き・はたまた旅
現状:分岐点に立つ

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白地図。

早朝の公園は良い。
程よい湿気と、
まだ冷たい空気。

地面に落ちた葉っぱは湿っているので、
転ばないように気をつけて歩かねば。

秋の深まりとともに冬の近づきを感じる午前7時。
公園をウォーキングしていると、
木々の葉が真っ赤に染まっていること、
イチョウの葉がとても鮮やかな色をしていることなど、
様々なことに気が付く。

そして季節を感じる。

季節の移り変わりというのは早いもので、
時間の経過を教えてくれる。

この時間は自分だけのものではなく、
地球の裏側でも同じように時間は流れている。

そこに住む人たちも今日を生きているし、
彼らの生活を送っている。

昨年、アジアを旅して考えていた。
自分は今ベトナムにいて色んな景色を見て、
色んな人たちに出会うが、
同じ瞬間に日本でも色んなことが起きていて、
新たな命が誕生しているかもしれない。

ふと忘れそうなときがある。
自分の世界だけが「世界」と思ってしまうときがある。

そうではない。
地球上にはもっと多様な、数え切れない存在があり、
自分はその中のひとつであるということ。

となりの人が持っているものは違うし、
自分の考えも違う。

でも、全く違うわけではない。
そこにはひとつの共通点があると思う。

この地球上に生きているということ。


ひとつのせかいちずひとつのせかいちず
(2003/08/28)
伊勢 華子

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「せかいちず」というと、
日本が真ん中にあって、東側にアメリカ大陸。
西側にユーラシア大陸。
南東にはオセアニア。
南西には東南アジアを思い浮かべる。

でも違っていた。

たしかにそれは存在しているが、
もっと違う「せかいちず」もこの世には存在する。

「心のせかいちず」が誰の中にもある。

「となりの人のせかいちずを少しでも思うことができれば」とは、
この本のオビに記されている文である。

実際、この本の中には様々なせかいちずが存在していた。

大切な人がいるちず。
自分の国の国旗がせかいになっているちず。
宇宙も含め、せかいと捉えるちず。
地球儀をそのまま書いたちず。

もちろんここに紹介したものはほんの少しであるが、
それぞれが心に描く「せかいちず」というものがある。

自分が思っている「せかい」がすべてではない。
ついそう考えてしまいそうだが、
立ち止まって見直したい。

押し付けてはいないであろうか。


難民キャンプにて、配給物資に人だかりができている。
箱があいた途端に奪い合う人の群れに、目をそらそうとする
自分の弱さを知る。生きることに私は親しくなりすぎていた。
                                       本文より



便利さが優先し、「生きる」ことばかりで「死ぬこと」と疎遠になりそうな
日本社会においては、生きることに親しくなってしまう。

もちろん解釈はそれぞれであるが、
私はそう思う。

でもそれは個人の意志で何とでも守ることができる。
「生死」という言葉の通り、
「生きる」ことと「死ぬこと」は表裏一体。

自分に戒めたい。


知らないことは多いけれど、
ときに”知りません”という言葉は乱暴で、
人を傷つけることもある。
                          本文より



いつも何気なく使う一言に、
はっと気付かされた。

日常はもちろん、
世界では様々なものが絡み合っている。

それは宗教や文化だけでなく、お互いの利権であったり、
国益や領土の問題であったりもする。

そんな日常や世界の中で真剣に話をしようとしても、
”知りません”の一言はとても暴力的になるときもある。

万物を知っている人なんてこの世にはいないし、
万事を予測できる人も存在しない。

でも、できる限り知りたい。
知るようにしていきたい。
そして世界を広げていきたい。

そうすることが今できる最大限であると思う。

もう一度旅をしたくなってきた。
それは海外だけでなく、
日常でも可能である。

今度はどこを訪ねようか。
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秋の読み物集。

寒さ深まる秋。
最近読んだ本をご紹介。


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うーん、まさに卒論直結。
ハンバーガーについての知識が増殖中。


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ちょっと小休止。
肥満について考える。



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四角い頭を丸くするってか。
色んなものの見方について感じ取る。

例えばつり革に捕まる時、
諸兄はいかにして自らを支えているであろうか。
いや、いかにしてつり革を握り締めているであろうか。
その体重を、いや、その命を預けるつり革。
そんなつり革にどのようにアプローチされているであろうか。

そんな日常生活の中で、
なんとなく通り過ぎてしまいそうな事象を、
きめ細かに分析されている。

非常に大好きなシリーズのひとつ。

まだまだ読んでいける。
いざ!フォーリンブック。

last dance.

旅仲間が日本に帰国し、
死海から作られたという石鹸を使ってみた。
いつもよりお肌がスベスベになったように思う。

ゲット・ザ・ツルリンお肌。


昨日、最終戦を戦ってきました。
これまでの集大成。

実はこれが初めての最終戦ではありません。
2年前に1度引退しているが、
それでもそんなことは全く考えなかった。

まるで2年前が戻ってきたように、
「今日がラストゲームなんやな」という心持ちでいた。

就活を終え、
様々な理由からサッカー部へ舞い戻り、
練習漬けとまでは全然言えないが、
ボールとの生活が再び始まった7月。

約5ヶ月間だけだったが、
自分にとっては最高に濃密な時間だった。

なぜもう一度戻る気になったのか。
もちろん根本には、
前回に記した「好きだから」なのだが、
それだけではない。

自分を追い込みたかった。
精神的にもっと強くなりたかった。
自分に打ち勝ちたかった。
自分の力が何かの役に立つとわかって、
全力投球したくなった。
もう一度燃えたくなった、などなど。

そんなことを反芻しながら同回と楽しんだ前夜。
久しぶりの再会に乾杯。
現役時代の色んなことを思い出す。

自分は早めに切り上げ、
精神統一とまでは言わないが、
それなりに集中した。

そしてやってきた朝。
決戦は金曜日ではなく日曜日。

いつもどおり新聞に目を通し、
普段どおり勉強をし、
早めの昼ごはんを8:30に食す。

朝やないかい!という声が聞こえてきそうですが、
そこはご愛嬌。

グラウンド設営をしている間、
これも最後かと思うと感慨深くなる。

そういう感じに考えると、すべてのことに対して
今までの情景であったり気持ちが蘇ってきそうであった。

緊張が高まり始め、ユニフォームを身に纏い、
いざ出陣!とその時、
更に熱くなれる事が起こった。

同回の友達が見に来てくれることはわかっていたが、
本当に試合直前というそのとき、
同回の友達に呼ばれた。

そばに行き、
渡されたものがある。

いつも自分が使っているアンダーシャツであるが、
何かが違う。

メッセージで埋め尽くされていた。

一気に胸が熱くなった。

じっくり読んで噛み締めたい。
でも時間がない。
着てしまったら読まれない。
でもやっぱり・・・。

そんな思考を約2秒間頭の中で経て、
すぐに着替える判断をした。

みんなの想いが詰まったアンダーシャツは、
いつもより重みを感じたが、
その重みは背中を押してくれる想みだった。

一瞬のうちにすべてが伝わってきた瞬間だった。

少しだけ読みはしたが、
アンダーシャツを着た瞬間のほうが、
読んだ時よりメッセージが心に伝わってきた感覚だった。

言葉にはできない、
何か感覚的なことではあるが、
通じ合える仲間がいてくれることに心から感謝した。


アンダーシャツ



そして試合へ。

一つ一つのプレーを思い返すと
何でやねん、と思うところもあるが、
とにかくすべてを出し切った。

試合は完敗。
悔しかった。

試合が終わった直後、
サッカー部に戻ってからの日々が走馬灯のように
頭の中に流れ出した。

練習前に走り過ぎて、肝心の練習では足がつりかけ走られなかった日。
少しでもブランクを取り戻そうと、雨の日でも高架下でボールを蹴った日。
クソ暑い真夏の夕方、仕事終わりでふらふらしながらも公園でボールを蹴った日。
ただひたすらにボールを追いかけ、
公園で1人練習をしていると変な目で見られることもあったが、
強くなるためならどんな恥でもかいてやると心で叫んだ日。
練習後、後輩と共に筋トレルームで汗を流した日。

すべての日々をひっくるめて今思う。

「もう一度サッカー部に戻ってよかった」と。

途中色んな思うところもあったが、
戻らなければあの熱い日々は来なかっただろうし、
あんなに汗を流して共に走る仲間にも出会えなかった。

本当に感謝です。

仕事に日常にサッカーに。
最高にハードな日々ではあったが、
最高に楽しい日々だった。


もう引退し、
チームは次の代へと引き継がれた。

もっともっと高いところを目指すチームであってほしい。
また試合を見に行くときが楽しみです。

おそらく社会人になっても続けると思いますが、
とりあえず一段落。

このエネルギーを次は別の形で注いでいきたい。
あれだけやれたのだから、
まだまだやれる。

実績と自信。

Let's do it!!



追伸

3日前、京都から神戸までを自転車で走破。
所要時間約6時間30分。
高校3年生時には9時間を要したが、
2時間30分の時間短縮。
4年でこの時間なら、
4年後は約4時間で着けるはず。

dreamer.

昨日の疲れのため、
22:00就寝、
4:30起床。
なんと健康的な生活か。

なぜそんなに疲れていたのか。
それはサッカーの試合のためである。
毎試合こんな感じなのですが。

負けはしましたが、
なんといってもあと4日で引退。
一度は引退した身でありますが、
ここまでもっかいサッカーに熱く注ぎ込むことができるのは、
自分の想いもあるけれど、
チームに感謝したい。

今のチームメンバーやからこそ就活が終わってすぐ戻れたと思うし、
残りを全力で注いでいきたい。
ちなみに最終戦は7日(日)11:00から外大にて開催されますので、
よかったら足を運んでください。


こういう文章は普通引退してから書くものであろうが、
ここでもっかい燃やしていくために確認したい。

自分の中の「こんな人かっこいいリスト」に、
「全力で取り組める人」がある。

テレビを見てても、
新聞を読んでも、
何事にも全力魂の人はかっこいい。

そんなに熱くなれるものを見つけることが
まず難しいのかもしれないが、
是非ともそれは見つけたい。

そして自分はそれを見つけられたと思う。
今までの生活の中で。

といっても、小学生からやっていることだから
体に染み込んでいるのでしょう。

高校では一度離れたが、
やはり気になって仕方がなかった。

そして大学にて友達に誘われたのもあるが、
もう一度やりたいと思い蹴球集団へ。

「なぜこんなに苦しい思いをするのに続けるのか」
と、自分の中での疑問は今もある。

でも、体は勝手に苦しい方向に動くし、
自分の気持ちも「まだや、まだこんなもんやない」と
前に向かっていく。

自分をここまで走らせるものは何なのか。

結局は「好きだから」なのでしょう。

好きだから情熱を注ぎ込めるし、
好きだから苦しい思いをしても「まだや」と思える。

この「好き」は薄っぺらいものではないと考える。
どんな苦境も重圧にも負けない「好き」なのである。

サッカー部に戻ってからは、
自分が大袈裟に感じているだけだったのかもしれないが、
重圧を感じるときもあった。

しかしそれを乗り越えられたのは、
自分の中の「好き」が大きかったのでしょう。

しかしそれだけでは乗り越えられない。
共に汗を流す「仲間」がいてこそ、
今につなげられたのだと思う。
そこは忘れてはいけない。

何度助けられたのかはわからない。
心の財産です。


しんどいときに考えることがある。

自分はこれまでほんまに膨大な時間、
走ってボールを蹴ってきた。

今のしんどい時間も今までやってきた時間に比べたらほんの少し。
たったこんだけぐらい余裕やわ、と。

自分を奮い立たせる言葉は人それぞれだと思うが、
僕が大切にしているものがある。

フィールドでプレーする誰もが、
必ず一度や二度の屈辱を味わされるだろう。
今まで打ちのめされた事が無い選手等いない。
ただ、一流の選手はあらゆる努力を払い速やかに立ち上がろうと努める。
並の選手は少しばかり立ち上がるのが遅い。
そして敗者はいつまでもグラウンドに横たわったままである。

                                       ダレル・ロイヤルの手紙


辛くなったときや、
心が折れそうになったときこの言葉を思い出す。

何かに負けそうになったとき、
まだ自分にはやっていないことがある。
まだまだできることがある。
速く立ち上がって続けよう、そう思わせてくれる。

どんなに技術があっても、
どんなに才能があっても、
気持ちがそこになければ何にもならないと思う。

強い想いを欠いては何も動かない。
自分を動かすのは自分の気持ち。
それは絶対だと思う。

そしてもう一つ(これは前にも書いたかも)。

何日も何十日も
地味な反復練習
基礎トレーニングの繰り返し
その積み重ねのみが
勝利を引き寄せる

              アイシールド21より


もちろんその分、量をこなさなければならないが、
それが自信になることは間違いない。
だからこそできることがある。

最後の粘りで絶対にそういうところが活きてくると思う。
だから一瞬も気は抜けない。


こう言っている自分はどうかというと、
やはり気を抜いたり思い込みからや諦める気持ちがよぎる時があった。

それは自分の弱さである。
だからこそ、
絶対にそんなことはせず、
注いでいきたい。

今日もきばっていこう。
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